あたしの視線が柳生の端正な頬に止まり、仁王がその媚びを捕らえて二ヤリと笑った後、柳生はその二つともをかわすかのように視線をそらした。
全ては、そこから始まった。
クーラーのきいた部屋は冷え冷えとしていて人工的な寒さを作り出し、あたしの白い腹に頭をのせた仁王は猫みたいに瞼をとじてすやすやとした寝息をたてていた。この寝顔を可愛いと思う女子は大勢いるのだろうなと思いながら、しかしあたしの思考の先に立つのはいつでも別の人物だった。栗色の細い髪、高い鼻梁、眼鏡の奥の瞳、あたしがまだ見た事のない瞳の色。その人物とそっくりの容貌をした男をあたしは腹の上にのせ、多少の後ろめたさを持ちながら、他の男の瞳の色を想像する作業に没頭する。
「なんじゃ?」
ふいに仁王が目をあけ、その瞳の琥珀色があたしが想像した人の色とは似ても似つかなくて、残念だと思う反面、少し安心する。
「なんでもないよ」
自嘲気味に笑ったあたしを何でもお見通しじゃ、とでも言わんばかりに笑った仁王は、そのままの姿勢でこちらに顔を向けた。お腹の一番柔らかい部分に頬を埋めながら「盗み見はいかんのう」といやらしく言う。
「別に......盗み見ってわけじゃ、それにそういう類いは仁王の十八番でしょ?」
「いや、俺ならもっと上手くバレんようにやるのう、それに.......盗み見だけでは終わらせん」
「ふーん、そう?」
「ああ、もっと他の事もするぞ?」
「.........したじゃない、もう」
「そうじゃな」
そう言ってはははと仁王は笑った。その振動で、お腹がくすぐったくてあたしは身をよじるが、仁王がお腹ごと腰を抱きしめて来たので、動かせなかった。
「だが、体だけじゃ.......盗んでどうにか出来たのはな」
そう言って頬を寄せる仁王に「心もほしいの?」とあたしは聞かなかった。先にしかけたのは仁王だった。あたしの視線が柳生の上で行きつ戻りつしていたのを敏感に察知し、その視線を自分の影でさえぎって、柳生に届かせなかったのも仁王で、驚いて否定しようとしたあたしの顔を笑いながらつかんで、その顔があたしが欲しいと渇望している人にそっくりだと気づかせたのも仁王だった。最初の夜、全てを承知した上で彼はあたしを貫き、あたしはずっとその顔を見つめていた。
黙っているあたしを気にする風でもなく、仁王は気持ち良さそうにお腹の上で伸びをしてあたしを見上げる。
「なあ、おまえさんは柳生のふりをしろとは言わんのじゃな」
「なにそれ?」
「いや、てっきり柳生の格好をしてくれーとでも言われるのかと思ったのよ、最初」
「あたし.......変態じゃないよ?」
「そうかのう?それは残念じゃ」
「なんで?」
「100%柳生を再現する自信はあったんじゃがな」
「はは、ベットの中でも?」
「そうじゃ」
「まさか」
笑って仁王を見下ろす。
「そうなったら、心中が穏やかじゃなくなるわ」
「そうじゃな、おまえさんは」
「いや、あたしの心中じゃなくてさ」
「ん?」
「仁王の」
笑いながら仁王を見下ろすあたしと、笑いながらあたしを見上げる仁王。
静かに仁王の目に鋭さが加わり、笑顔が消える。
「柳生が他の女の子とヤってるなんて、例え自分の変装だとしても嫌なもんだよね」
「..................」
「それなら彼に思いを寄せる女の子をたぶらかした方が簡単よね」
「.................」
「あたしの中に入っている時、誰を思い浮かべてた?」
「っ!?」
腰を回された手に力が加わり、痛みであたしは顔をしかめる。けれど、仁王の頭を腕に抱きしめ、体を強ばらせ逃れようとした仁王にあたしは呟く。
「だいじょうぶ」
「だいじょうぶだよ、仁王」
柳生がほしくて、ほしくて、でも手に入らなくて柳生にそっくりな仁王と寝るあたし。
柳生を好きなあたしと寝る事によって、柳生が誰かの物になるのを回避する仁王。
それら全てに遠慮する柳生。
あたし達はまったく同じ線上にいるのに、誰一人として相手を見ずに歩いている。
夕日が射し込む部屋の中、仁王はあたしの腰を抱きしめたまま、あたしは仁王の頭を抱きしめたままお互い同じ人間の幻影を追っていた。 じょじょに夕闇が部屋を包み込み真っ暗になる頃、二人で眠りのまどろみに落ちる瞬間、あたしは仁王に問いかけた。
「ねえ、仁王」
「..............なんじゃ?」
「仁王がさ、あたしにとっての柳生の身代わりで、あたしが仁王にとっての
柳生の身代わりならさ.......柳生にとっての身代わりって誰なのかな?」
「あたし、そいつを殺してやりたいよ」
「ああ、そうじゃな」
090622
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